台湾旅行記|2012

2

May

2012年5月2日

龍山寺

ボトムアップな台湾信仰の総本山、龍山寺へ

龍山寺駅を下りて出口に向かう。
出口付近には艋舺公園という大きな公園があり、昼間からもの凄い人だかりである。
台北十二号公園
台北十二号公園

公園ではゲームに興じたり音楽を楽しんだりとそれぞれ盛り上がっている。気のせいか中年以上のおじさんが多いようだ。日本だと屋外にいる人は必ず何か目的を持った顔をしながら行動しているが、台湾の人は単に外に出たいから出て来ているような感じ。きっと家にいるより外でぶらぶらしている方が楽しいのかも知れない。

龍山寺

龍山寺(ロンシャンスー)に到着。
1738年創建という古い歴史を持つ、台北では最も古く、また有名な寺院である。
門で出迎えるのはいきなりの電光掲示板。「歓迎光臨」などとビカビカ光っている。日本の宗教建築(新興宗教は除く)では考えられないしつらえに、しばし唖然とする。

龍山寺
龍山寺

日本のお寺や神社と異なるところは、訪れる人の中で若者の割合がとても多いこと。というよりもおそらく台湾の全世代が均等にお寺に集まっているようにも見える。まるで台湾社会の縮図のようだ。それもそのはずで、このお寺には100以上の神様がまつられているらしい。あらゆる世代の、あらゆる願いに対応出来るとても便利なお寺なのである。

日本の寺社仏閣がそれぞれの専門分野に特化した小売店鋪スタイルだとすると、こちらは百貨店のような「なんでもあり」タイプ。だからこそこれだけの幅広い層の人々を惹きつけているのだろう。

龍山寺
龍山寺


日本人と神様(仏様)との間にはある種の距離感があると思う。それは「神聖な領域に入らせていただく」という遠慮がちな、日本人特有の謙譲の意識からくるものなのかも知れないし、またその距離や空白を埋める役割が僧侶であり、神主だったりするのかも知れない。「我々は神様(仏様)の前から一歩下がって、神様(仏様)の代理である僧侶や神主がもたらしてくれるものをありがたく受け取る」、というのが平均的な日本人の信仰に対する態度のような気がする。

台湾の人を見ていると、人と神様の間にある妙な距離感を感じない。だからお願いしたい事があれば神様の前に立って、どんどんお願いすればよい、そう言っているようにもみえる。その態度はとても素直でストレートなもので、見ていて非常に清々しい。

日本の信仰が「上から降りてくるのを待つ」トップダウン形式だとすると、台湾の信仰は「下から迎えに行く」ボトムアップ・スタイルなのかも知れないなと思った。(下の動画の「その場にいる全員が唱える」読経を見てもらえれば、なんとなくニュアンスは伝わるかも知れない。この突然始まった唱和に、実はかなり感動してしまったことをここに書いておく。)

 

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【動画】お寺にいる全員が読経する様子。日本のお経と違い歌になっている。YouTubeには「観音経」と呼ばれる同様の読経があるが、これと同じものか?
(音が出ます)

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